サンフランシスコ演奏会 

                                      工藤悠一郎

 

俱楽部グリーでは毎回練習のあとに反省会と称する飲み会を行っている。そんな飲み会の席で「もう一度海外で演奏できたらいいね」などと云うことが話題になったことがある。4年半前(20142月)にロスアンゼルス稲門会の招請で現地の新年会で歌う機会があった。そのときは日系の老人ホームを訪問したり、現地の混声合唱団の定期演奏会に賛助出演したりと充実した楽しい海外演奏であった。われわれの合唱団も平均年齢75歳にもなり、もう海外はムリかなと思っていたが、なんと今回それが実現できたのである。

 

団員の中嶋君(以下N君)が執念をもって検討してくれた。ニューヨーク、ボストンなどの東海岸は稲門会の人数も多いので提案しやすいが、費用や時間を考慮すると西海岸またはハワイくらいかなと云っていたが、たまたまサンフランシスコにグリークラブの先輩(昭和36年卒)が住んでいるというのが分かり、その先輩と連絡を取るとサンフランシスコ稲門会の会長を紹介された。それから2ケ月後、今からおよそ1年前、N君はサンフランシスコに出かけ先輩と稲門会会長のフランクリン裕子さんと会い演奏会開催をお願いした。すると先輩がご自分が住む町のホールでの開催を快諾され、会長からも検討のご返事をいただいた。フランクリン会長はその後サンフランシスコ市内で演奏できる会場を探して奔走くださった。そうして今回の演奏旅行が実現できたのである。それにしてもサンフランシスコ稲門会会長フランクリン裕子さんとN君とのメールのやりとりは300通を越すというからすさまじい連絡を取り合っていたのである。

 

10414:45成田空港に一人の遅刻者もなく全員張り切って集合した。総勢33名(指揮者、伴奏者、団員24名、同伴奥方6名、先輩1名)の大デレゲーションである。取得済のESTAが多分パソコンの操作ミスなのだろうがキャンセルされていたものがいて若干心配もしたが、何とか全員無事に旅立つことができた。到着後、ゴールデンゲートブリッジなどの市内観光をしてホテルにチェックイン。夜は宿泊ホテル内のレストランで稲門会、現地日系合唱団(コラール・メイ、フォレスト・クワイア)が歓迎会を開催してくれた。現地合唱団にグリークラブの先輩が参加していたこともあり、われわれと共通の愛唱歌を歌って大いに盛り上がった宴席となったし、一挙に親密になることができた。稲門会や現地合唱団はわれわれに差し入れを用意してくれ、われわれが持参したお土産との交換会のようで時差ボケを跳ねとばすような賑やかで楽しい夕食会であった。

 

 

演奏会は三か所で行った。

一つはサンフランシスコ最古の教会である“Old First Church”。プロの音楽家が演奏する由緒ある教会で、フランクリン裕子さんがわれわれのDVDを持ち込んでオーディション合格を勝ち取り開催にこぎつけてくれた演奏会。入場料は25$。共演した女性コーラスのフォレスト・クワイアの方々は単独では演奏できないとのことで彼女らもここでの演奏に向けて猛練習したそうである。演奏会終了後はブュッフェ・パーティでお客さんを含めての懇親の場をもうけるという独特な演奏会であった。

 

二か所目はサンフランシスコ“仏教会”。浄土真宗の立派な建物で、殆どの方が日系の方でここで歌った四季メドレーでは「花」「夏の思い出」「里の秋」「スキー」などはみなさんと一緒に歌うことができた。昼食は婦人部の方々の手作りのお弁当がわれわれの疲れを癒してくれた。

 

三か所目は郊外のロスモアというところにある引退した富裕な方々が1万人も住まわれているという素晴らしい環境の住宅地。敷地に入るには専用ゲートがあって誰もが簡単には入ることはできない。敷地内には立派なゴルフ場もあった。今回の計画に親身になって面倒を見てくれた先輩も住まわれている高級住宅街である。敷地内のクラブでのコラール・メイとフォレスト・クワイアの方々の心のこもった野外パーティは天気にも恵まれ楽しい懇親会であった。夜の演奏を控えビールは若干控えめにしたが、声を出すには丁度よい喉への刺激であった。残念なことに計画を立ててくれた先輩は体調を崩し入院されてしまっていたが、演奏会は大変に盛り上がった雰囲気の楽しい演奏会であった。殆どの方がアメリカ人で、MCを務めたN君の流暢でユーモア溢れる英語は会場を一層盛り上げてくれた。最後はスタンディングオベーションまでしてくれわれわれも大感激であった。われわれが用意した曲も

古いアメリカの映画音楽やAmerican Folk Song Medley,Carpenters Medleyなど

英語の曲が多くかれらも親近感を覚えてくれたのだろう。

 

入院されていた先輩には私を含め5人のメンバーでお見舞いに伺い、病室で静かに「遥かな友に」などを歌ったが涙を流して喜んでいただいた。演奏会の2日後に退院されたとの連絡があったが、もう少し退院が早ければ演奏会も聴いていただけただろうにと思うと心残りであった。

 

 今回のサンフランシスコ演奏会は俱楽部グリーにとって多分最後の海外演奏となるだろう。現地稲門会、現地合唱団の方々の温かいおもてなしには感謝の言葉以外浮かばないが、これを機会にこれからも長くお付き合いを続けることができるとしたら、想像できないほどの大きな出来事だったのかもしれない。

 

 演奏会終了後、サンフランシスコの爽やかで澄んだ秋空のもと、雄大なヨセミテ国立公園、セコイア国立公園を観光して予定どおり1010日に全員無事に帰国できた。全員無事に帰国できたというのが大変喜ばしいことである。

 

 年を取ったせいなのか、帰国後の時差ボケが解消されるには結構時間がかかりました。ハイ!

           記 201810月   

サンフランシスコ訪問実現!  

 

サンフランシスコで演奏会をできないかと1年前から模索。

現地に住む先輩とSF稲門会会長の絶大な支援により

なんとそれが実現したのです。

                          

それに至る経緯について記した

工藤部長のエッセイと写真を以下に掲載します。

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